Vol.2 カリフォルニアの青い空

永遠に雨と縁のないかのようなロサンゼルスですが、一応、雨期があります。1月後半から2月にかけては、どんよりとした雨雲が空を覆う日が多くなってきます。といっても、日本の梅雨ほどの雨量も湿気もなく、大した雨期ではありません。それでもポツポツと降り出す雨は、LAをほんの少し冬らしくひんやりとさせます。雨に不慣れなLAらしく、フリーウェイはすぐに滑りやすくなって事故が多発し、自動車修理工場の書き入れ時と言われます。こちらの自動車免許の筆記試験の練習問題の中に「雨の降り始めはスリップしやすい」というのがありましたが、雨期になって初めてそれを実感します。また、水はけなどあまり考えられていないようで、ちょっと雨量が多い日は、私の会社の同僚がガレージが水没するのを心配します。

海が近いせいか、意外と霧が発生しやすいのも住んでみてわかったことです。霧はサンフランシスコ名物と思っていましたが、昨年末、霧に包まれたLAからサンフランシスコへ遊びに行ったときは、むしろサンフランシスコの方が晴天続きで、何とも拍子抜けしました。霧の度合いも半端じゃなく、車を運転していると、まるでぶ厚い雲の中を飛行機で飛んでいるかのようです。そんなときでも車を使わなければ、何もできない、どこへも行けないLAゆえ、仕方なく前の車のテールライトを逃さないように目を細めながら、そろそろと運転するのです。
ただでさえ曇りがちの日が多いうえ、冬のLAは日照時間が結構短くなります。朝は7時頃にならないと明るくならず、夕方4時半頃には日が沈み5時過ぎには真っ暗になってしまいます。特に11月はサマータイムが終了するため、日の短くなり方も急激に感じます。

こうなると、あれほど存分に浴びていた陽光も少々懐かしくなります。こちらに赴任したのは5月でしたが、同じ太陽なのに光を受ける場所の違いでこれほど強烈になるものかと驚いたものです。車の中にいるだけでも日焼けし、それも左ハンドルのため左腕の方が色濃くなってしまいます。サングラスは、ファッションでも顔を隠すためでもなく、視野を保つための生活必需品です。夕日に向かって車を運転しているときは、度を超した眩しさに思わず身をかがめ、アクセルを緩めてしまいます。道路標識は逆光となって単なる黒い看板になり、フリーウェイの出口を間違ったり通り過ぎたりすることを覚悟しなければなりません。

強烈な太陽光は色の見え方も大いに左右させます。日本で見たらケバケバしいと思える色彩も、この環境の中では生き生きとした鮮やかな印象として捉えられるようになります。派手な看板や原色に近いカラーの車などは、乾いた風景に彩りを与え、青い空や海となかなかのコントラストを見せてくれます。こうした影響なのか、店ではとても食べ物とは思えない色のキャンディやチョコレートが並んでいます。私の会社にときどきドーナツを買ってきてくれる女性がいますが、いろいろな種類に混じって、ピンク、黄色、グリーンのツブツブがついた見るからに人工的で毒々しい感じのドーナツがあり、未だに手を出す勇気が持てません。

夏はサマータイムのおかげもあり日が沈むのは8時過ぎ。会社を定時で終われば十分明るいうちに遊びに行けてしまいます。私はときどき太平洋に沈む夕日を眺めにビーチへ寄る程度ですが、これがなかなか贅沢な気分を味わえるひとときです。こちらは空全体が真っ赤になるような夕焼けは見られませんが、太陽の光線は水平線に沈む寸前まで強烈さを保ち、広い広い太平洋の波間に反射して壮大なサンセットショーを見せてくれます。空と海全体が巨大なスクリーンのようになり、空が赤く色づき始めて日が沈むまでの数十分間は、周囲でローラーブレードやビーチバレーに興じている人達も立ち止まって夕日を眺めています。なぜかカモメたちも同じように夕日の方向を向いて砂浜に立ち並んでいます。あの太陽の向こう側半分は日本の朝を照らしていると思うと、日本は水平線のすぐ向こうにあるような気になり、しばしノスタルジックな気分に浸ります。
日が沈みきって後ろを振り向くと、そこには海側に大きな窓とテラスをもった家々がズラリ。夕日を肴にビールを飲んでいるリッチマン達の姿をうらめしそうに横目で見ながら、すごすごと家路につくのです。ちなみにこちらは屋外のパブリックスペースでの飲酒は御法度。窓から何も見えない我が家に戻って、太平洋のサンセットショーに今日も乾杯。