Vol.4 車社会

ここロサンゼルスは噂に聞く以上の車社会です。私のアパートも仕事場も郊外にあるとはいえ、周辺の道路を歩いている人など、まったくと言っていいほど見かけません。交差点で道を渡ろうとする歩行者にもめったに遭遇せず、赤信号で停車したとき停止線を超えて横断歩道上に止まっていることに後から気づいたりします。2本のラインが引かれただけの存在感のない横断歩道のせいにしながらそのまま青信号を待っていても、罵声を浴びる心配もありません。また車道に沿って"LANE BIKE"と書かれた自転車専用レーンが堂々と場所をとっているわりには、自転車も意外と少ないのです。自転車はスポーツ、オートバイは趣味。2輪は移動のための足ではありません。またLAは公共交通にまるで無頓着です。鉄道といえば2本のトラムと1本の地下鉄のみ。映画「スピード」のラストシーンで工事中だった地下鉄"RED LINE"のハリウッドまでの区間が近年オープンしましたが、ダウンタウンとハリウッドとの行ったり来たりだけではまるで利用価値がありません。ネットワークされていると言えるのはバスくらいですが、時刻表もない停留所でいつ来るかわからないバスを気長に待っている人たちを見ていると、とても利用する気が起きないのです。

そんなLAへ来る直前まで、私は完璧なペーパードライバー状態が10年ほど続いておりました。こちらに着いた翌日、とりあえずレンタカーを借りに行き、初めて体験する左ハンドル、右レーンで、いきなりフリーウェイを走るはめになりました。ウィンカーとワイパーを間違い、片道6車線の車線変更に冷や汗をかき、フリーウェイを降りて入り込んだロータリーから抜けられず何周もしながら、何とかアパートまでたどりつきました。ほっとした直後、ガレージの柱にガリガリッ…。以後、何度かこの柱は私の愛車に痕跡を残してくれました。

また当時はよく道に迷いました。LAは高い建物が少なく、ランドマークとなるものもあまり見あたらず、どこへ行っても景色が変わりません。唯一の手がかりは通りの名前。が、標識も文字も小さく照明もついていないものが多いので、確認できたときはすでに交差点を通過しかけて曲がることもできず、やむなく先へ進んでUターン、というのもしばしばです。夜のフリーウェイで、知らず知らずに別のフリーウェイに入ってしまったこともありました。とりあえず一般道に降りて地図を見ようと思ったら、いつも車内に置いてあるはずの地図がその日に限って無く、しばらく周囲を走ってみても見覚えのない通りばかり。ガソリンスタンドを見つけて売店の人に道を尋ねてみたら、メキシコ訛りの英語でわけがわからず、仕方なくしばらく走ってコンビニを見つけ地図を買ってみると、実は私のアパートのすぐ近所だったりして。

先日は運転中にパンクに見舞われました。買い物後の帰り道、突然、右前輪に大きな衝撃。こちらの道路はところどころに大きく深い窪みができていたり、バーストしたタイヤが落ちていたりするので、運転中は路面にも注意を払わなければなりません。また窪みにはまったかな?と思っていたら、ガタン、ガタンと、初めての体験ながらどう考えてもパンクとしか思えない感触。日も暮れて暗い中、横道に車を止めてこれまた初めてのタイヤ交換に悪戦苦闘していると、向こうから一人のアメリカ人がやってきて"Problem?"と声をかけてきました。道具の使い方もままならず途方に暮れかけていた私にとって地獄に仏でありましたが、結局、街灯の下に誘導してくれた後、子供が一緒だからと言ってさっさと去って行きました。手を真っ黒にしながら何とかタイヤ交換を無事完了することができた頃には、全身どっと汗をかき精神的にも体力的にも疲れ果て、おかげで帰宅後のビールの味は格別なものとなりました。

こちらに来てから1年。毎日運転しているので、さすがに車にも慣れてきました。そもそも東京とは比較にならないほど車オリエンテッドに街ができています。道幅は広く、車線数も多く、左折・右折レーンもあり、車の流れは東京とは比較にならないくらいスムースです。ゆるやかに流れる景色に気をゆるしていると、知らず知らず結構なスピードになっていることがあります。スピードメーター表示がマイル/時であることもスピードを実感しにくい要因かもしれませんが、周囲の視野の広さが車のスピード感覚に影響を与えているように思えます。

フリーウェイは何処から入ろうが何処まで行こうがタダ。ほんの短い距離でもためらうことなく利用することができます。渋滞する時もありますが、日本のように止まって動かないといったことはほとんどありません。フリーウェイを使うとロサンゼルスの平野を縦断するのに1時間もかからず、時間感覚では狭く考えてしまいがちですが、実際は相当な距離を移動しているのです。一定の時間に車で移動できる距離が東京とはまるで違います。NY対決となり「サブウェイシリーズ」と呼ばれた昨年のMLBのワールドシリーズに対抗して、今年、行われたLAドジャースとアナハイムエンジェルスのリーグ交流戦は「フリーウェイシリーズ」と命名されました。

日本ならダメでもこちらならOKというルールもいくつかあります。信号が赤でも安全確認すれば右折することができ、踏切で一旦停止する必要もありません。だいたい踏切が閉まっていることがほとんどありません。が、まれに貨物列車の踏切につかまってしまったときは悲惨です。延々と続く貨物列車の長さ、止まっちゃうんじゃないの?と思えるノロノロスピードには、気の長いアメリカ人もそそくさとUターンを始めます。で何処へ行くのかというと、ノロマな貨物列車の先回りをして、まだ列車が到達していない踏切へ向かっているらしい。

また何処へ行っても駐車場に困ることはほとんどありません。人の集まる場所は必要以上とも思える駐車スペースがあります。それがゆえ止める場所を選ばないと目的地まで長い距離を歩かねばなりません。スタジアムやホールなど特定の時間に多くの車が一斉に出入りする駐車場はそれなりの設計ノウハウが必要で、大きな施設の開発プロジェクトには駐車場専門のコンサルタントがつくようです。車は頭から突っ込んで止めるのがこちら流。必然的に止めてある車はリアばかりが露出することになり、ガレージにかじられた私の車のフロントバンパーのカスリ傷もあまり目立たつことなく、この恩恵を受けています。パーキングもせずドライブスルーで用を足すというのもアメリカならではの文化です。ファーストフードのドライブスルーは当たり前、ドライブスルーATM、ドライブスルーファーマシー、ラスベガスにはドライブスルーウェディングなんてのをやってる教会がありました。

車がなければ何処へもいけませんが、一度乗ってしまえば何処へでも行けてしまうのが車の良さです。予定のない休日は、青い空に誘われるままにあてもなく車で出掛けることもしばしば。道路は基本的に碁盤の目構造なので、幹線道路さえ頭に入れておけば、地図を見なくともあまり迷うことなく移動できます。いつもと違うルートを通れば、ちょっとした新しい発見があってなんだかんだと1日が過ぎてしまいます。日本では出不精だった私も、車のおかげで多少なりとも行動的な休日を過ごせています。目的地を探す場合は、住所に書かれている通りの名前と番地が頼りです。ほんの数十メートルの短い通りでもちゃんと名前が付けられ標識が立っています。この標識は街によっては個性的にデザインされていて、サンタモニカ、ビバリーヒルズなどでは街の雰囲気づくりに一役買っています。

私の身体もすっかり車の生活に慣らされてきています。車ではあっという間で一見歩けそうな距離でも、実際トライすると相当な時間がかかってしまうだけでなく、あまりに変化のない景色にうんざりし、どう考えても歩行者向けの環境ではないことを実感させられます。そんな経験を1回でもすると、日本だったら絶対歩くような距離でもついつい車に乗ってしまうようになるのです。歩く機会が減って運動不足になる、とこちらに来る前に周囲からさんざん言われたことが、だんだんと現実となっています。私の会社と同じ建物に入っている会社の女性従業員達は、午前と午後の決まった時間に建物のまわりをグルグルと何周も歩き回ることを日課としています。この恵まれた気候と天候は、人を屋外に誘い出すことはできても、運動にまで結びつけるのは本人の意思次第。完璧な晴天の下、屋内のジムで汗を流すアメリカ人が滑稽に見えることもありましたが、本気で運動を始めるためには、青い空の誘惑を勇気を持って遮断するのも必要なのかもしれないと、何とも複雑な思いです。