Vol. 7 トラフィックスクール

私の免許証に初めて傷がついてしまいました。ある夜、友人宅におよばれに行った後の帰宅途中、フリーウェイもそろそろ降りようかというところで、突然、バックミラーに赤青白のライトを派手に点滅させる車が映っているのに気がつきました。一目でポリスとわかり、自分の車のスピードメータを確認すると80マイル/時。このフリーウェイの制限速度は65マイル/時なので15マイル/時オーバーとなります。この程度のスピードオーバーでまさかと思いきや、ポリスは私の後方にピタッとくっつき、フリーウェイから出るようにスピーカーを通して誘導してきました。これ以上疑いようもないので、仕方なくフリーウェイを降り一般道に止めて警官を待ちました。

こうした時の対応として会社の同僚から注意されていたのは、不用意に車の外に出たり、シートベルトを外したりしないということ。ポリスは捕まえようとした相手が反撃に出ることを常に用心しており、ドライバーが下手に目立った動きをすると銃で撃たれる恐れもあるというのです。大人しく運転席で待っていると、後方からそろりそろりと近づいてきたのは女性の警官でした。ウィンドウ越しに車内をのぞき込んだ彼女は、私が車のキーを外して握っていた左手を見て「何持ってるの?」と少々強い口調で問いかけてきました。何か凶器になるものを持ってるかどうかチェックしているのです。とにかくスピード違反のチケットを切られてしまい、一気に憂鬱な気分になりました。

約1ヶ月後、罰金の請求書が送られてきました。同じ程度の違反でも市や郡によって罰金額が異なるようですが、私の場合は$75。意外とお手軽な罰金に胸をなで下ろしました。ただし、これだけではすまないのです。トラフィックスクールの案内が同時に送られてきました。トラフィックスクールとは初めての違反者が受けなければならない交通安全講習で、8時間の受講が課せられます。一定期間内にこれを受けないと保険会社に違反が通達され、保険料が高くなってしまうシステムになっています。8時間も拘束され、おまけに最後には試験もあるらしく、また一気に憂鬱になってしまいました。

会社のメンバーにも経験者がいたのでトラフィックスクールについて聞いてみました。現在はハンドブックを送ってもらいそれを読んで付属の問題に解答したり、インターネットで受けることもできるとのことで、8時間、英語の講習を聞き続けないですむ方法があるらしいのです。彼はハンドブックによる方法を選択しましたが、それなりの厚さのハンドブックに結構たくさんの問題がついており、それも選択による解答でなく文章で答える問題もあって、英語での答え方を現地メンバーに確認しながら書いたと言ってました。この方法もなかなか面倒くさそう。やはりそうそう簡単な方法はないことがわかり、またまた憂鬱な気分になりました。これだけ人をブルーにさせれば再犯防止策としては十分です。

そうこうしているうちに別の日本人メンバーの奥さんから、日本語で講習を受けられるトラフィックスクールの情報をゲットしました。聞けばインストラクターの話も面白く、最後に行う試験も日本語バージョンで、ごく簡単とのこと。すでにハンドブックを申し込み、$25を払い込んでいましたが、分厚い英語のハンドブックを自分で読みとっていくよりは、8時間とはいえ日本語を聞いている方が楽だろうと方針変更。数少ない日本語講習を行うトラフィックスクールに申し込みました。

そのトラフィックスクールはサン・ゲーブリエルという街にあります。サン・ゲーブリエルには中国人のコミュニティがあって、このトラフィックスクールも通常は中国語による講習を行い、日本に住んだ経験のある台湾人のインストラクターが月に2回だけ日本語の講習を行っているのです。日曜日の朝8時すぎに眠い目をこすりながら家を出て、サン・ゲーブリエルの小さなトラフィックスクールに到着しました。私は早めに着いたので講習室にはまだ2〜3名しかいませんでしたが、9時近くなると続々と違反ドライバー達が集まってきました。ただ、どうも日本人ばかりでなさそうな雰囲気。結局20名ほど集まった受講者の半分以上は中国系の人達でした。70歳くらいの台湾人インストラクターは、日本語を喋りはじめましたが、突然中国語になり、また日本語に戻ります。日本語と中国語のバイリンガルということなのです。このインストラクターは、日本語の講習ができる人材が他にいないため、年老いても辞めるに辞められないと言っておりました。

このおじいさんインストラクターは自分でも違反経験を豊富にもっており、どういうことをすると高額の罰金を請求されるとか、どういう違反がドライバーが勘違いしやすいのかなどを、実際に起こった違反や事故を引用しながら面白おかしく解説してくれました。しかしながら、同じ内容を日本語と中国語で反復する日中バイリンガルに少々英語混じりの話は、ときどき中国語での話の途中から日本語に変わっているだけだったりして、決して楽に聞き取れるものではありません。また受講者も大笑いしたり積極的に発言したりするのは中国人ばかり。インストラクターの母国語が中国語というせいもあるでしょうが、中国人の反応の敏感さや自己主張の強さは、大陸国家としての共通点なのかアメリカ人に匹敵するものを感じます。

午前中の講義が終了し、下調べをしておいた近くの中華レストランでランチをとった後、午後はひとしきりビデオを見せられ、最後にテストの時間がやってきました。日本人受講者にはこのインストラクターの手書きによる日本語問題用紙が配られました。ごくごく簡単な選択問題が15問ほど。ただし生粋の日本人ではないせいか日本語がややおかしな箇所がありました。答え合わせになって、そのややおかしな日本語の解釈次第で正解が違ってくる可能性があると、それまで大人しかった日本人の数人が猛然と抗議を始めました。このインストラクターは試験の点数によって不合格にするようなことはしないのですが、真面目というのかおおらかでないというのか、和気あいあいとインストラクターとコミュニケーションしていた中国人受講者に比べ、重箱の隅をつつくような日本人の抗議に、私も少々うんざり。厳しい受験戦争が日本人をこうしたことに神経質にさせたのか、そもそも日本人とはこういう民族なのか、交通安全より民族の気質の違いを印象づけられたトラフィックスクールでありました。