Vol. 8 ラティーノ・ヒート

ワールドカップでヒートアップしている日本と韓国の熱さが太平洋を渡ってこちらまで伝わってくるようです。しかし、アメリカでのワールドカップに対する盛り上がりのなさにはホントに気が抜けてしまいます。4年に1度であろうがなかろうが、この時期のアメリカスポーツ界の話題の中心がプレーオフからファイナルを迎えるNBA、NHLであることは毎年変わりありません。特にここロサンゼルスでは、3年連続チャンピオンを目指すNBAのレイカーズに街中が狂っています。先日、野球観戦に行ったドジャースタジアムでは、たまたまレイカーズの試合がある日で、あちこちでレイカーズのユニフォームを着た観客が小型テレビ片手にレイカーズの試合を観戦し、目の前のドジャースの試合そっちのけで盛り上がっておりました。

アメリカでワールドカップがNBA、NHLやNFL、MLBほどの人気を持ち得ないのには、サッカーというスポーツの特性に負うところも大きいと思います。事実、アメリカのMLS(メジャーリーグサッカー)はまるで人気がありません。しかしそれ以前に、あらゆる人種が共存し、さらに世界各国からトッププレーヤーを集めるアメリカプロスポーツ各リーグそのものが、選手のバラエティとしてもレベルとしてもワールドカップクラスであり、世界一を競う舞台となっているのです。そして、地元チームがアメリカ全土を征することは、自分達の国が世界を征することより困難で、より喜びの大きいことなのではないでしょうか。そこには自分達が住んでいる街の象徴である地元チームを媒体とし人種や民族を超えた強い一体感を感じます。そうなるとワールドカップに出ているそもそも多人種混成のアメリカチームというのは、何を元に強い共感を得られるのか、確かに疑問を感じるのです。

こんなアメリカにいて、ワールドカップの日本の試合などTV観戦できるのだろうかと開催直前まで不安でしたが、スポーツ専門局ESPNがほぼ全試合を生中継することを知り、一安心しました。しかしサッカーとなれば日本以上に熱いラティーノと呼ばれる中南米系移民が多いここロサンゼルスでは、ESPNとは別にメキシコ系のチャンネルが全試合を完全生中継しています。TVチャンネルにはたくさんのスペイン語放送局があり、映画専門局HBOなどは全く同じプログラムを英語チャンネルとスペイン語チャンネルに分けて放映しています。TVだけでなく社会のあらゆる場面で英語とスペイン語の2カ国語併用が見られ、さながらカリフォルニアの2番目の公用語のようです。

このESPNとメキシカンチャンネルの2局のワールドカップ生中継から、アメリカの白人とラティーノのサッカー熱の違いが明らかに感じられます。画面で表示される得点や国旗のグラフィックは、ESPNはいたって普通で何かの使い回し風ですが、メキシカンの方はCGを駆使しメタリカルな質感で派手な動きを伴うなど、力の入り方が違います。また試合中に何のきっかけもなく両チームの国家のメドレーが定期的にBGMとして流され、何とも不思議な感じです。こちらの生放送は夜中ですが、昼間は別のスペイン語放送局でその録画を流しており、ラティーノにとってはほとんど24時間サッカー放映状態です。

ESPNではもちろんアメリカのアナウンサーが英語で実況していますが、サッカーの中継としては妙にドライで、ゴールを決めてもあの「ゴォオーーーーーール!」というのがないのです。メキシカンチャンネルはオールスペイン語なので、アナウンサーが何を言っているか私にはまるでわかりませんが、ゴールを決めた瞬間のあの雄叫びだけは、まるで彼らのこのパフォーマンスのためにゴールシーンがあるかのように我が物顔で、高らかで、長くて、しつこくて、でもついつい聞きたくなってしまいます。

このメキシカンチャンネルで流されていたコカコーラのコマーシャルは、メキシコ系と、たぶん日本人のアナウンサーが登場し、メキシコ系のアナウンサーが「ゴォオール!」の叫び方を指南するという内容でした。自信なさげで、か細い声しか出せないたぶん日本人のアナウンサーがコーラを飲んだ瞬間、お腹の底から「ゴォオーーーーーール!」を轟かせるという、いたってわかりやすい結末。日本人はメキシカンから見てもやっぱりこういうイメージなんですね。

メキシカンチャンネルとESPNを見比べていたら、メキシカンで見たばかりのシーンがESPNで少し遅れて映し出されていることに気づきました。生中継といえど、ESPNの中継はメキシカンの中継より5〜10秒ほど遅れて放映されているのです。私の家ではESPNの映像の方ががクリアなので、当初ESPNで観戦していましたが、ある試合でゴールシーンが生まれアナウンサーが淡々とその様子を伝えていた時、ふと思い立ってチャンネルをメキシカンに変えてみました。メキシカンでは既に10秒ほど先にゴールシーンの放映を済ましているわけで、さらにリモコンのチャンネル変更に手間取っていたにもかかわらず、まだ「ゴォオーーーーーール!」の雄叫びの途中。このゴール節を2回、音程を変えて聞かせた後、「ゴラッソ、ゴラッソ、ゴォラァッソォーーー、アッソ、アッソ、アッソォオーーー!」と叫んで締めくくったときは、すっかり次の攻撃に移っていました。やはりサッカーのTV観戦はこれがなくてはいけません。以来私は、映像の悪さを我慢しながら、メキシカンチャンネルでの観戦を続けています。

アメリカではここのところラティーノの人口が急増しています。2000年の国勢調査では、全米でラティーノが黒人とほぼ同じくらいの人口に達し、白人以外のいわゆるマイノリティの中での最大人種を分け合っています。メキシコと国境を共有するここカリフォルニアはさらにその傾向が顕著で、人口の3割がラティーノであり黒人人口を圧倒しています。またカリフォルニアではアジア系の人口増加も手伝って、初めて白人が50%を割りマジョリティがなくなったことも話題になりました。昨年のロサンゼルス市長選挙では、最終的に敗れはしたものの、ラティーノ候補アントニオ・ビヤライゴーザが最後まで接戦を演じました。街にはハンバーガーショップを上回る勢いでメキシカンファストフード店が出店しています。我が社のランチも、アメリカンファストフードと和食(風)を含んだアジアンフード、そしてメキシカンの3系統でほぼ同じくらいの頻度になるのではないでしょうか。

アメリカ人というと白人と黒人を想起しがちですが、少なくともカリフォルニアではラティーノも確実にアメリカ人であり、むしろ黒人よりも明らかに強い影響力を持っているように感じます。アジア系移民のようにどこかに集中してコミュニティをつくるというより、あらゆるところで一定の人口ボリュームを持っています。この地がかつてメキシコ領だったことを思えば当たり前かもしれません。最近は「メルティングポット」でなく「サラダボウル」と言われるそうですが、様々な人種が混在しながらそれぞれの民族アイデンティティを失わない、そんな様子を例えているのかもしれません。母国のワールドカップ開催時にロサンゼルスに来てしまっている私は今回も夜中の観戦を強いられていますが、熱いラティーノ・ヒートでひと味ちがった観戦を楽しめています。