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Vol. 9 ハリウッドボウル
雨とまるで縁のない夏のロサンゼルスは、野外コンサートにうってつけの場所です。中でもハリウッドボウルは野外劇場の代名詞的存在で、1920年代から今日までLAの夏を様々に彩ってきました。何度となく改築が重ねられてきた建築には、有名建築家たちが時代を越えて関わっています。風船形に広がる客席は、ローズボウルの設計で知られるマイロン・ハントの設計。ステージ上にかかるアーチ型屋根はフランク・ロイド・ライトの長男が1929年に設計したものが原型になっています。そういわれればニューヨークのグッゲンハイム美術館のスパイラル形状を彷彿とさせられるような気も…。1980年にはフランク・ゲーリーにより、アーチの下に音響効果のためのいくつかの球体が設けられました。緑に囲まれた丘陵地に浮かび上がってきたようなこの白いステージで、毎年6月から9月までの間、クラシック、ジャズ、ポップスと様々なコンサートが頻繁に開催され、LAの夏の風物詩となっています。
私が初めてハリウッドボウルを訪れたのは昨年6月、シーズンの幕開けとなるプレイボーイ・ジャズ・フェスティバルでした。私の会社の同僚は「プレイメイトが出てきて何かすんの?」と興味津々に聞いてきましたが、アメリカでも有数のいたって真面目なジャズフェスティバルであります。土日の2日間、午後2時から10時まで、数多くの有名ミュージシャン達が代わる代わるステージに現れます。
強い日差しを少しでも避けようと土曜日の午後4時頃、会場向かいの駐車場に着いた私の車に、"COOLER SIZE RESTRICTIONS"と書かれた一枚のビラが放り込まれました。そのときは何のことやらと思っていましたが、会場に入るとすぐにその意図が理解できました。人々は飲み物食べ物を詰めたクーラーボックスやバスケットを客席に持ち込み、飲んだり食べたりしながら音楽を聴くのがここでの楽しみ方なのです。シートでびっしりと埋められた客席に大きいクーラーボックスなどを持ち込むと、緊急時の避難に支障ありということでその制限をビラで伝えているのです。客席の前の方はボックスシートになっていて、テーブルもセッティングされています。入口の売店でワインやシャンパン、また軽食なども売られているばかりでなく、ギフトショップではハリウッドボウルのロゴ入りピクニックバッグまで売られています。
屋外でカリフォルニアワインを飲みながらジャズライブを聴くことを楽しみにしていた私ですが、夕方になり客席も満席に近くなるにつれ、周囲が少々予想と違った雰囲気になってきたことに気づきました。友人や家族など大勢のグループで連れ立ってきている客達は、アルコールが進むにつれ盛り上がりが激しくなり、少し離れたところに仲間を見つけると立ち上がって奇声を発したりと大はしゃぎ。私の席はステージからボックスシートを隔ててかなりの距離があるものの、演奏者に対するマナーなどまるでお構いなく、時には周囲の騒音でまともに演奏が聴けなくなるほど。有名ミュージシャンのライブはピクニックのBGMと化し、ステージの方を向いている客などほとんどいなくなりました。そもそも通常の屋外では禁酒状態にあるこの地で、おおっぴらに青空の下でアルコールを飲める貴重な場所であることも、このバカ騒ぎを盛り上げている要因の一つでもあるように思います。しかしいくら野外とはいえ、この過剰なリラックスは、演奏目当ての私にとって決して快適なものではありませんでした。
ハリウッドボウルでもっとも数多く行われるのはクラシックコンサートです。夏場のホームともしているLAフィルハーモニーと、専属のハリウッドボウルオーケストラが連日たくさんのコンサートを開きます。クラシックはいくら何でもジャズフェスティバルのような演奏者無視の大騒ぎはないだろうと、今度こそワインと音楽に酔えることを期待してふたたびハリウッドボウルを訪れました。その日はLAフィルのベートーベン特集でしたが、ステージに登場した指揮者のタクトでLAフィルが立ったままいきなり奏でたのはアメリカ国歌。クラシックコンサートでも国歌で始まるとは、この国の国歌好きは尋常じゃありません。
1万8千人収容の大きさで野外となるとアコースティック楽器ではさすがに十分な音響効果は望めません。ジャズフェスティバルとうってかわって静まりかえった客席ですが、弱音での演奏時などは、周囲の森から聞こえてくる虫や蛙の鳴き声が、まるでLAフィルをバックに唄っているかのようにハリウッドボウルを支配してしまいます。どうやらあまり神経質に音楽を聴く環境ではないことがようやくわかってきました。
そしてハリウッドボウルの本当の楽しみ方が理解できたのは、コンサートも終盤を迎え、最後の曲が始まったときでした。ステージ両脇に立つ2つの塔から、突然、音楽に合わせてドカン、ドカンと花火が打ち上がりました。闇に包まれたハリウッドボウルの空気をつんざくような炸裂音。花火が上がるとは聞いていましたが、まさか演奏中に曲に合わせて打ち上げるとは。予想していなかったクラシックと花火の競演にあっけにとられていると、その後もアーチ状の屋根を縁取るように仕掛け花火が噴き上がり、その後方から大きな打ち上げ花火が上空高くあげられたりと手を替え品を替えの花火ラッシュ。もうもうと白い煙がたちまくり、一瞬、ステージも見えなくなりました。厳かなクラシックコンサートが一転してエンターテインメントアトラクションになり、この地がハリウッドであることを改めて認識させられました。

その後すっかりこのハリウッド流クラシックエンターテインメントのファンになった私は、その後も何度かハリウッドボウルを訪れました。ハリウッドボウルの花火の十八番として毎年シーズン後半に催されるチィコフスキーの1812序曲、そしてアメリカ中が花火で彩られる独立記念日の演奏会では、ステージ上のアーチが星条旗風に照明されて花火もいつもより派手でありました。
ハリウッドボウルのシーズンが終わると、LAフィルは本シーズンを迎えます。現在のホームはダウンタウンにあるドロシー・チャンドラ・パビリオンですが、来年から道を隔てた隣接地に建設中のディズニー・コンサート・ホールに移ります。内部はサントリーホールを手掛けた日本人の音響設計による本格的ホールですが、外観はフランク・ゲーリー設計のグニャグニャ建築です。徐々に全体像を見せつつあるこの奇抜な建物に、クラシックといえど決して様式的に捉えないLA魂のようなものを感じざるにはいられません。
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