Vol. 12 MAKE SOME NOISE!

4月のある金曜日、私の会社の同僚が「お、ロングビーチ・グランプリが始まった」 とつぶやきました。耳を澄ますと羽虫が舞っているような音がかすかに聞こえてきます。ロングビーチ・グランプリは毎年この時期に行われるカートレースで、珍しく市街地コースが使われます。以前はここでF1も行われていたといいます。ロサンゼルス郊外にはカリフォルニア・スピードウェイというレースコースもありますが、ホテルやアパートなどが立ち並ぶロングビーチ・ダウンタウンの一角にフェンスやスタンドを一ヶ月ほどかけて建ちあげ、けたたましい音を発するカートレースをわざわざ市街地コースで行うのです。そしてその音は5km以上離れている私の会社に伝わってくるのです。これに誘われ、青い空を突き抜けるようなエンジン音をついつい間近で 聞きたくなり、コースの近くまで行って周辺を車でウロウロしてしまいます。

会社のすぐ横にはロングビーチ空港の滑走路が横たわっています。便数が少ないせいもあり、離発着時の騒音など、飛行機が青空を斜めに飛び立って行く際の爽やかなBGMのごとく聞こえます。また空港に隣接する飛行機工場が時折ジェットエンジンの 実験を行い、地の底から響くようなゴォーッという音が私の会社の建物をビリビリ震 わせます。これもまるでアトラクションの演出音のようで、不思議と不快には感じないのです。イラク戦争中はなにやら戦闘機風の飛行機も見かけ、これまで見たことも ないようなスピードと上昇角度で離陸して行ったと思ったら、それを追うようにバリ バリバリッという破裂音めいた音を周囲に轟かしていました。これはもう単に大きい音というようなレベルでなく、会社の近くに停めてある車のセキュリティアラームがその音の振動によって作動してしまい、ファンファン、パーポー、ピィーッと、まるでアラームサウンドの品評会のような騒ぎとなりました。

また昨年だったか、会社で仕事中、突然、ズドンッとすさまじい音と振動が建物全体に響き渡りました。窓から外を見ても何事もない様子。いったい何が起こったんだ? と皆で顔を見合わせていると、そのうちの一人が思い出したように「イッツ・ソニッ ク・ブーン!」と言い出しました。耳慣れないこの言葉の意味を尋ねると、スペースシャトルが帰ってきた音だと言います。スペースシャトルのような超音速の飛行物体が宇宙から地球の大気圏に突入すると、大きな衝撃波を発生し音や振動となって地上に伝わるのです。スペースシャトルは本来、打ち上げられたフロリダのケープカナベラルに戻りますが、気象状況などによってカリフォルニアのエドワーズ空軍基地に着陸場所を変更されることがあり、彼はその日のニュースで着陸場所の変更を知ってい たのです。スペースシャトルの宇宙からの帰還を目では見えずとも音と振動でライブで感じるというのは、なかなかダイナミックな体験です。

アメリカで生活し始めた頃は、こうした地域全体に波及するような音に限らず、あらゆるものの騒音の大きさに驚いたものです。アメリカの冷蔵庫は外観もデカイのです が、ときおり思い出したようにブーンッと大きな音を発し、夜など気になって仕方あ りませんでした。カリフォルニアに住んでいるとあまりお世話になりませんが、エアコンもスイッチを入れるとブォーッと風と機械音が混じってうなりだし、ついついテ レビのボリュームを上げてしまいます。日本の女性にはとても動かせそうにないヘビーな掃除機は音もヘビー級で、いかにも「吸い取ってます!」といわんばかりです。日本ではいかに静かであるかがこうした商品の重要な価値の一つとなりますが、こちらではそんなことはまるで無視しているかのように、豪快に騒音をたてながら動いてい ます。非常に前時代的に感じてしまうのですが、むしろ大きな音を発する方がよく機能することの証しのように思われているような節もあります。

ラスベガスのホテル・ベラッジオの有名な噴水アトラクションは、最高で70メート ル以上という高さに水を噴き上げるとき、ズドッと、とても水の音とは思いがたい図 太い噴射音がします。噴水のダンスを様々な音楽が盛り上げますが、音楽以上にこの噴射音の迫力が印象的です。仕事の関連で行ったバイクのイベント、スタージス・ラリーでは、毎年サウスダコタの小さな田舎町スタージスに全国のハーレー信者が集結 します。まるで地面が鳴っているかのようなドッドッドッという排気音が、朝から晩まで街中を包みます。ハーレーの排気音は商品の重要なアイデンティティ要素とまで なっています。

アメリカの広大な土地と人口密度の低さが、アメリカ人のノイズに対する鈍感さを育 んできたように思います。それどころかノイズによってものの存在や性能、さらには迫力などを感じ取っているのではないかと思えて仕方ありません。ノイズは本来意図せず自然に出てしまう音ですが、それを抑えるのでなく積極的に楽しんでいるかのよ うです。スポーツで地元チームを応援する際、大型ビジョンに映る”MAKE SOME NOISE!”を合図に、手をたたいたり足を踏みならしたり口笛を吹いたり大声でわめいたりと、観客が発する全く統一性のない音の合奏が、アメリカのノイズ賛歌のように聞こえます。