Vol. 14 セキュリティ

ワールドシリーズでは惜しい結果に終わったヤンキースですが、レギュラーシーズン 中、アナハイムにやって来た松井を日本からの出張者を誘って観に行ったときのこと。 終業時間の5時半に仕事を切り上げ、私の車に2人の出張者を乗せ、試合開始30分 前には球場に到着。万全の状態でゴジラ観戦に臨みました。この日の松井は好調で、 最初から2打席連続で安打を放っていたので、今期何回も松井の試合に足を運びなが ら拝めていなかった生ホームランに期待が膨らみました。試合が中盤にさしかかった 頃、めずらしく私の携帯電話がポケットの中でにぶい振動音をたてました。私の会社 の総務系スタッフからで、セキュリティ会社から連絡があり、数分前にうちの会社の アラームが作動し裏のドアが開けられたようだと言うのです。

よりによって何もこんな良い場面に…。既に8時すぎ、会社に電話してみてももちろん誰も出ません。一応、現地の責任者となっている私は、会社に戻って様子を見に行 かなければなりません。しかしここから戻ると結構時間がかかる。会社のすぐ近くに 住んでいる社員に電話して見に行ってもらおう。うーん、なかなかイイ理由だ。など と思いながら電話をかけてみましたが、出ない…。うっそーっ。じゃ、次に近いヤツ、 出ない…。おまえら夜は家族と一緒に自宅で夕食とるのが正しいアメリカンなんじゃ ないの?ようやく受付をやっている女性が電話に出てくれたのもつかの間、沸き上が る歓声を避けるように裏の通路に移動し大声で話しているうち、携帯の受信状態は悪 くなり、結局何も聞こえなくなってしまいました。

さすがに手がなくなり、私の車で連れてきた日本からの出張者に「非常事態なんで申し訳ない」と謝り、何が起こったのかよくわからなそうな様子の彼らを連れ立って、 泣く泣く引き返すことにしました。フリーウェイを急ぐ車の中でせめても試合の経過 を聞こうとラジオをつけると、ほどなく松井の打席。カッキーン!打球はライト方向 へと言ったアナウンサーが次に発した言葉は、なな、なんとホームラン!「うっそー、 なんでー?」裏返った声で車の中で何度も叫びまくる私。これで会社に戻って何事も なかったらどうしてくれよう、などと現地責任者としてあるまじき思考回路に陥りました。

帰りのフリーウェイは渋滞もなくスムースで、20分ほどで会社に到着しました。 正面玄 関 は何も起こった様子はありません。外側から、アラームが示した裏のドアの方 へ行ってみても何ともない様子。正面から鍵を開けて中に入ると、暗闇の中で不気味 にアラームが鳴り続け、モニターには確かに"back door open"の表示が…。とりあえ ずアラームを消して奥の方へ行ってみましたが、やはり何か起こった痕跡は見あたり ません。ドアはしっかりロックされたまま。と、そこに電話が鳴りました。セキュリ ティ会社が様子をうかがってきたのでした。ドアはロックされていて何事もないこと を伝えたうえで、これは機械の誤作動なのかと聞くと、「たまに起こるのよねー、バ イバイッ」ガチャッ。私の怒りは頂点に達しながらその矛先をどこに向けて良いかわ からず、悶々としながらその日は興奮して寝付けませんでした。

セキュリティシステムのセンサが敏感なのか適当なのかよくわかりませんが、こうし たことはこれが初めてではないらしい。新入社員がアラーム解除を誤り、警察を呼ん でしまったこともあるとか。何とも人騒がせなモノであります。とはいえ、遅くまで 残業する社員はほとんどいないこちらのオフィスは誰もいない時間が長いうえ、平屋 の建物でドアや窓が地続きなので、セキュリティには敏感にならざるを得ません。こ のあたりの建物はほとんど平屋です。今期16本の貴重なゴジラ生ホームランを寸前 で見逃すという仕打ちを受けても、肝心なときに鳴らないよりはマシ、と思うしかあ りません。安全は金で買うだけでなく、こんな犠牲のうえに成り立つものなのです。 私の会社ではアトランタ郊外にブランチオフィスを設けるべく、数年前から物件探し をしていました。日本人的な感覚で、中で働くデザイナーが外を眺められるようにと、 できるだけ窓が大きくとられている物件を探そうとしましたが、これがなかなか見つからないのです。ロサンゼルスでもオフィスの建物を見ていると、窓が随分少ないことに気付きます。店舗でさえ、いや、中に商品を置く店舗だからこそ、かもしれませ んが、ウィンドウが少ない。こちらに来た当初は、店舗やオフィスが、異常にだだっ広いのに薄暗くて閉鎖的でイヤーな感じに見えていました。
しかし、セキュリティ システムの配備を見ていると、破られやすい窓やドアをできるだけ少なくしようとい う考えが、この国では自然なのだと思うようになるのです。

それ以前に、オフィスの窓に対する期待値が日本ほどではないような気もします。外 に出れば脳天気な日差しが一年中保証されているロサンゼルス。何も仕事中に外を見 なくても、サマータイム中なら終業後でも明るい日差しをまだ数時間も満喫できるの です。仮に近くに窓があっても机はパーティションで囲われ、家族の写真や趣味の道 具を並べ立て、自分の世界を築くことの方が重要なのです。日本のように、雨が降っ てきた、今日は風が強い、そろそろ紅葉が始まったなど、窓を通して得る天候や季節 の変化が乏しいことも、その価値の違いを生んでいる要因かもしれません。私達のク ライアントで、今年、日本から赴任してきたばかりの方が、窓の全くないオフィスに 愚痴をこぼしておられました。
スペースが十分でも外界を感じとれない環境というのは、日本人には落ち着かないものなんでしょうね。
(2003年11月)