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Vol. 15 映画の都
昨年、新知事誕生で沸いたカリフォルニア州。莫大な財政赤字が原因で行われた知事リコール選でしたが、シュワちゃんの明るいキャラの前では、未知数の政治手腕への不安や女性スキャンダルなど何の障害にもならなかったようです。同じ俳優出身で大統領まで上り詰めたレーガンもカリフォルニア州知事でした。またカリフォルニアの太平洋岸にあるカーメルという街は、以前クリント・イーストウッドが市長を務めたことで話題になりました。カリフォルニアに映画スターの知事や市長が誕生するのは、かつてのハリウッドの栄華へのノスタルジーの表れかもしれません。
今日、映画撮影の拠点はフロリダや海外に移動し、現在のハリウッドはすっかり観光の街と化しています。映画スタジオはテーマパークとなり、ハリウッド通りには土産物屋が並び、あんまり似てないマリリン・モンローやバットマンが観光客と一緒に写真に入っては小金を稼いでいます。チャイニーズシアターの手形やウォーク・オブ・フェイムのスターの名前を見つけてキャーキャー騒いでいる観光客もまばらで、観光都市としても寂しい限り。1940年代にピークを迎えたハリウッドの映画産業は、その後一気に普及したテレビやビデオのせいで、衰退の一途をたどったと言われます。それでもアメリカでは、まだまだ映画が庶民の日常的な娯楽として根付いているのです。
こちらの屋外大型ショッピングセンターは大抵、中心に映画館を配置し、その周辺をレストランが取り囲み、さらにその外郭にショップが建ち並ぶという構成をとっています。映画を観て、ショッピングをし、食事をして帰るという、いわば都市の総合レジャーセンターとなっています。映画館といっても大きな建物の中にたくさんのシアターが入っているコンプレックスで、上映中の多くの映画を一つの建物内で観ることができます。シアターの数は多いところで20以上。人気のある映画はいくつかのシアターで時間をずらして上映しているので、上映時間を知らずに行ってもそう待たずに見れることになります。日本のような混雑ぶりも滅多に見られません。
入場料は$9程度。土日を含め昼間に行くと$6〜$7くらいという手軽なお値段。この価格だと気に入った映画をもう一度観に行くこともためらわずできるのです。チケットの改札は建物の入口1カ所だけで各シアターへは自由に出入りできてしまうので、中には1枚のチケットでこっそりハシゴする輩もいるはず。また日本の映画館で必ず売ってるプログラムはこちらで見たことがありません。日本では見に行った映画のプログラムを必ず買い、本棚にたまっていくプログラムの厚さを眺めてニンマリしていた私ですが、今思えば映画のプログラムって何のためにあるのかと考えてしまいます。映画はライブ感覚で楽しむものであって、予告編以外の予備知識も自分の記憶以外の記録も要らないということなんでしょう。
気軽で便利な映画鑑賞環境で観客もカジュアル極まりなくなります。アメリカの映画館といえばポップコーン。シアター内に入ると、あの脂っこい臭いがプーンと鼻をつき、シャリシャリと耳障りな騒音があちこちから聞こえてきます。せっかく好位置の席を確保しても、バケツのような容器を抱えた観客が自分の席の近くに来ると、思わず席をずらしたくなるのです。足下はこぼれた落ちたポップコーンでいっぱい。映画館に限らず人の集まるところでは飲み食いのゴミは足下へ捨てるのがこの国の常識。飲食物持ち込み御法度の日本の高級ミニシアターが一瞬うらやましい。
さらには、空いている隣の席に足を投げ出す斜め後ろのお兄ちゃん、横に連結するイスをガタガタと揺さぶって遊ぶガキンコ達など、五感に触るノイズに耐えなくてはなりません。そして何よりも日本と違うのは映画の内容に大声で反応する観客達。日本で映画を観ていてたまに、ほんの2〜3人なのに場内いっぱいに響き渡る大きな笑い声を立てる外国人がいたりしますが、観客全部があの状態になります。これがノイズでなく効果音と捉えられるようになるまでには随分時間がかかります。
こうした環境で育つ映画が、刺激的なアクションやスリラー、またはドタバタコメディだったりするのは自明の理。耳をつんざく轟音と光の嵐、ハラハラドキドキの連続、回転の速いストーリー…。確かにTV番組では観ることのできないスケールの大きい映像が繰り広げられますが、あんまりそればっかりだと観る方も麻痺してきます。最近はヒットした映画の続編がよく制作されますが、前作を上回ろうとするあまり、複雑で過激になりすぎるきらいがあるように思えて仕方ありません。
毎週、週末になると何本もの新作が封切りされ、相当な本数の映画がシアターを賑わしますが、外国映画は滅多にお目にかかりません。このシアター環境を肌で感じていると、ヨーロッパの重厚な映画や日本の情緒的な映画がなかなか上映されないのも理解できます。映画を安価で気軽に観られる環境があるのは素晴らしいことですが、その分、大衆にウケることが前提となって作られる映画が多いのも事実。映画を育てるのは観衆であり環境であることを実感せざるを得ません。アメリカで一本の映画をじっくりと鑑賞するには、家に立派なホームシアターでも作るしかないのかもしれません。
ハリウッドの一角、メルローズアベニューの周辺には今も映像関連の小さなスタジオやオフィスがほそぼそと並んでいます。最近これらの建物を使った「ハリウッド・シャドウ・プロジェクト」という環境アートができました。建物の屋上に掲げられた名画の1シーンのシルエットが、夕方になると道路を挟んだ向かいの建物の壁にその影を映し出します。日が沈む間際におぼろげに現れては夕日とともに消えていく。まるでハリウッドの栄光が過去のものであることを自ら皮肉っているようです。
(2004年2月)
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