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Vol. 16 花
車の生活に馴染んでしまうと、歩くことがホントに億劫になります。少しでも運動をと思いながらついつい楽な生活に身を任せ、だいぶ身体がたるんできた今日この頃。1年ほど前にできた近所の公園にラケットボールのコートがあるのを発見し、学生時代からやっていたテニスの勘を取り戻そうと壁打ちを始めました。しかしその壁はあまり高くないうえ、テニスも10年ほどのブランクがあり、打ちそこなってその壁を オーバーすることもしばしば。壁を超えたボールは裏の土手の上り坂を勢いよく這い上がり、一定の間隔に植えられた草木にひっかかって止まります。ボールを4個5個と持ってきてもすぐに手元になくなり、そのたびに土手をぜえぜえいって上り下りすることの方がよっぽど運動になっている気がします。
ある日、ひっかかったボールを取りに土手を上ったときのこと。見つけたおろしたての黄色いテニスボールに蜂が留まっているのに気づきました。ふとあたりを見回すと オレンジ色の花が土手のあちこちに顔を出しています。蜂は緑の草の上に引っかかった鮮やかな黄色のテニスボールを花と勘違いして留まっていたのです。しばらくボールの上を行ったり来たりしていた蜂は、蜜の味も匂いもしないまん丸い花をあきらめて飛んでいきました。花の鮮やかさは人の目を楽しませるだけでなく、自然の生態系の中で確実に機能していることを目の前で実証されたかのようなシーンに、ちょっとした感動を覚えました。蜂にとっては花よりダンゴでなく、花はダンゴのしるしなのです。
春から夏にかけては、砂漠気候で自然の彩りに乏しいロサンゼルスも花によって色づきます。ロサンゼルスは紅葉がない分、この季節に咲く花が季節の変化を知らせてくれる唯一の自然かも知れません。私がロサンゼルスに赴任したのは5月。その時とても印象的だったのは車道の脇に立ち並ぶ木々に咲く鮮やかな紫色の花でした。まるで 桜のように一斉に咲き誇っては一斉に散り、木の下を散った花びらで紫色に染めるこの木はジャカランダといい、この時期のロサンゼルスをエキゾチックな雰囲気で包みます。ただしロサンゼルスにもともと生息していたわけでなく、一定の時刻になるとプシュップシュッと音を立てて散水されるスプリンクラーで人為的に生きながらえているのです。ロサンゼルスの景観のアイコンともいえるヤシの木も人為的に植えられたもの。実がならないように改良されたとも聞いています。ジャカランダもヤシの木も人が創ったロサンゼルスのイメージなのです。
ロサンゼルスとサンディエゴの中間に位置する町カールスバッドには、フラワーフィールドと呼ばれる花畑があり、春になるとラナンキュラスが咲き乱れます。花畑と言っても出荷されるのでなく入場料をとって観光客に鑑賞させることが主目的。しかしそれは明らかに花畑の様相を呈しており、赤、白、黄色と色別 に植えられた花の列が、まるで鮮やかなカーペットを何列も敷き詰めたように長く長く続いているのです。その量 には圧倒されます。花の美しさを鑑賞するというより、広い土地を埋め尽くした花に驚嘆するという感じ。緩やかな斜面 に造られたこの花畑を上から見下ろすと、眼下に見える太平洋から頭上に続く快晴の青空に、鮮やかな色の花の列が見事な色面 のコントラストを見せてくれます。人々はこの花の列の間を歩きながら、またレトロなトラクターが牽引するゴンドラに乗りながら花を観賞しています。野に咲く花を楽しんだり、花一輪一輪を愛でるのとは明らかに異なる花の楽しみ方。地面 を埋め尽くす花を景観として眺め、その景観の中に身を埋める。広大な土地をめいっぱい贅沢に使 い、思い通りにレイアウトされた花の景観を楽しんでいるのです。
そんなロサンゼルスにも自然に生息する花が保護されている地域があります。ロサンゼルスから車で北に一時間ほど行ったところにあるアンテロープバレーはポピーの群生地として有名です。ポピーはカリフォルニアの州花ともなっており、この地域は州立公園として保護されています。春になるとなだらかな丘陵地帯をまるでオレンジ色の絨毯のようにポピーが埋め尽くします。私がここを訪れたのは4月中旬で、すでに咲いているポピーもわずかでした。公園のゲートで入場料を払い車を止め、広大な保護地区内につくられた散策路を歩きながらポピーを眺めます。散策路の両脇は低い柵が立てられて保護地区内に入れないようになっていますが、ときどきガラガラヘビの標識にもお目に掛かります。ポピーを保護すると同時にガラガラヘビも保護されてしまっているわけです。帰りがけ駐車場の近くの通 路で人だかりができていました。後ろから覗いてみると、小さなガラガラヘビがたくさんのギャラリーに驚いたように弱々しく這っています。やっぱり本当にいるんだと思いながら車に戻り帰路に就こうとすると、丘の下にもっとポピーが残っている地域がありました。そこは保護地域から外れていて、人々が道路脇に車を止めてポピーが咲く野の中にわけ入っています。無料でもっと良いところがあったわけで、私もそこまで車で移動して降りてみました。しかしついさっきベビー・ガラガラヘビに遭遇したばかり。通 路も柵もない草むらを前に足がすくみます。人々が歩いているすぐ後ろを恐る恐る着いて回り、花の鑑賞どころではありませんでした。本当の自然は危険も付き物。まるでガラガラヘビが守り神になっているよう。やはりそう簡単に無垢の自然を味わえるわけではないようです。
(2004年7月)
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