Vol. 18 私のファイナル・カウントダウン・イヤー

この春、私は5年近く暮らしたロサンゼルスを離れ、日本へ帰国することになりました。この時期に帰国することは既に1年前に決まっており、この1年は私にとってアメリカ生活のファイナル・カウントダウン・イヤーとなりました。そしてこの1年間、アメリカにいなければ体験できないこと、ロサンゼルスに暮らしていなければ味わえないことを、悔いのないよう心ゆくまで堪能することを常に考えていました。結果的に私にとってのそれは、アメリカのプロスポーツの生の迫力と、カリフォルニアのさわやかな気候を身体いっぱいに感じることでした。

ここ数年でメジャーリーグ観戦にハマった私は、帰国するまでにやり遂げたい目標がありました。それは、まだ訪れていないメジャーの球場をしらみつぶしに回り、全30球場を完全制覇することでありました。メジャーの球場は90年代から建設ラッシュが続き、毎年のように新しい球場が誕生していました。フットッボールとの共用による巨大スタジアム時代が終焉し、ノスタルジックな装いの野球専用ボールパークが、近代的な設備を伴って各地に蘇っていました。またそれぞれが競うように個性的に造られていて、各球場を観察しながらアメリカ各地を旅することが私の最大の楽しみとなっていました。私は以前、日本のプロ野球チームのビジュアル・アイデンティティ・プロジェクトに参画した経験もあり、チームや球場のデザインには人一倍高い関心を持っていました。試合開始2時間前に球場に着いては球場の外側を一周し、中に入ってはまた一周し、試合以上に球場探検に夢中になりました。

昨シーズンが始まる前の時点で私が行ったことのない球場は、東海岸、フロリダ、カナダなど、いずれもロサンゼルスからは時間もお金もかかるところばかりでした。また同じ地域に二つのチームが存在する場合、それぞれのホームゲームは時期をずらして行われる場合が多いので、効率的に球場を回るためには各チームのスケジュールを横断的に把握する必要がありました。シーズン前、各チームのスケジュールが発表されると、それらを一覧できるような全チームの年間スケジュールを自分で作成し、3回の旅行で残りの球場を制覇するための計画をみっちりと立てました。無駄な日のない完璧な旅程を作り上げましたが、最後に心配の種となったのは雨。西海岸と違って普通に雨が降る東のチームでは雨天中止となる試合も少なくありません。旅立つ前に当地の週間天気予報を見て雨マークの連続に真っ青になったり、当日飛行機から見える雲の様子に一喜一憂したり。実際、マイアミやフィラデルフィアなどで雨に見舞われましたが、幸い試合に影響するほどではなく、中止になった試合は一つもありませんでした。シカゴのリグリーフィールドでは1914年に建てられた古式ゆかしい球場そのものに雨以外の敵が潜んでいました。私が観戦する試合の前日に客席の屋根の一部が崩落し、当日の試合の開催が危ぶまれているとのニュースが流れたのです。ドキドキしながら球場に向かいましたが、その心配も現実になることなく私の目標はめでたく達成の運びとなりました。

野球シーズンが終了するとすっかり手持ちぶさたになりかけましたが、NBAのフェニックス・サンズを解雇された田臥勇太が、前年、在籍した独立リーグABAのロングビーチジャムに復帰したことで、私の最後の数ヶ月は俄然、熱くなりました。ロングビーチは私の住む街であり、ジャムがホームとするアリーナは私のアパートから車で5分の距離です。小さな街の手作り興行のようなABAのゲームですが、選手のプレーを間近に観られて$15、NBA予備軍のテクニックもスピードもなかなかのもので結構な迫力を楽しめます。やはり今年、ジャムに復帰したデニス・ロッドマンとともに田臥クンは人気選手として地元ファンを湧かせ、今年もチームをプレーオフに導く活躍を見せてくれました。4大プロスポーツの中で唯一観戦経験のなかったNFLもシーズン最終戦をサンディエゴで観戦、そしてNBAレーカーズのゲームでコビーの妙技を目の当たりにし、さらにMLB2005年シーズン開幕直前で日本へ帰国するのは私にとってあまりにも酷と、アリゾナへ行ってオープン戦の生イチローを拝み、スポーツ観戦ではまさに悔いを残さないファイナルイヤーでした。

後はカリフォルニアの青空に見送られるだけと思っていた私に、昨年末からの記録的な大雨が水を差しました。雨どころか洪水に土砂崩れ、果ては雷にトルネードと、いったいここはどこ?状態の南カリフォルニア。久しぶりに晴れ上がった3月後半の週末、広い青空とさわやかな風を体感しようと近所の公園でテニスの壁打ちをしに行きました。壁の裏側に落ちたボールを拾いに行ったとき、ふと目を上げると壁に小石大の黒っぽい塊がびっしり。よく見るとそれらはカタツムリなのでした。まあ、雨季でなくともスプリンクラーが毎日定時に散水を行うため、乾燥気候のこの地でもカタツムリは安穏と生息しているのですが、それにしてもそのおびただしい数はこの異常気象を如実に表していました。最後の3ヶ月、ぶ厚い雨雲が私の期待したカリフォルニアの太陽と青空を固く閉ざし、観測史上2位と騒がれる降雨をもたらしました。でもこれは、カリフォルニアの空が私の帰国を惜しんで泣いているんだと都合良く解釈することにして、私は住み慣れたロサンゼルスに別れを告げました。

数年にわたりロサンゼルス生活における雑感をお伝えしてきましたが、今回が最後のレポートとなります。今回のようにロサンゼルスレポートというよりメジャーリーグ観戦記みたいな内容が多々あったことをお許しください。実際のところ、私はメジャーリーグ観戦を通していろいろなアメリカ文化を肌で感じてきました。そのように読みとっていただけるとありがたく思います。長い間、拙い文章にお付き合いいただいた読者の皆様にお礼を申し上げます。
(2005年4月)