Vol.30 Legal Action
火事の直後、「これは何か法的な手段に出なければ、大変なことになる!」と叫んだのは、ニューヨーク出身のうちの社長と私の連れ。「オーナーはこの火事を利用して、テナントを追い出すに違いない。なんとかしないと!」ひどい話ですが、ニューヨークではよくあることらしい、とほほのほ。
ここで簡単にニューヨークのアパートについて説明すると、ニューヨークにはRent Stabilize というシステムのもと、家賃をその年に定められたパーセンテージしかあげられない物件があります。私が今まで住んだアパートは全て、このRent Stabilized Apartmentです。通常の上げ幅は、4〜6%くらい。家賃の更新時(一年ないしは二年ごと)に上がります。つまり、同じアパートに長く住んでいれば住んでいるほど、家賃は通常のマーケット価格より低くなるのです。
うちのビルのテナントのほとんどは、10年以上の住人で、この人たちの家賃は激安。ちなみに火事のときネグリジェ姿で外に出されたメアリーばあちゃんは、窓からエンパイアーステートビルが見える1LDKに住んでましたが、三十年は住んでいるであろう彼女の家賃は、たったの 600ドル。今、同じ地域で同じ部屋を借りるとしたら、2600ドルは下らない。現に去年引っ越してきた私の隣のテナントは、同じ作りの部屋にそれだけはらっていました。つまりばあちゃんを追い出して、奇麗に部屋をリノベーションして新しいテナントを入れれば、オーナーは四倍以上の家賃を取れるわけです。
火事の二日後、私はこの最悪の事態を阻止しようと、イーストビレッジにあるGOLES(Good Old Lower East Side)という、ノンプロフィットオーガニゼーションに向かいました。中に入ると、ファイルだのコピー用紙だのに埋もた、汚い机に向かっている男が一人。これがこれから先私達を助けてくれることになる、ワシムという男だったのですが、彼の服装がダサイ上、あまりに顔が眠そうなので、「こ、この人が、何かしてくれるの?」と、私は早くも超不安。
「法的に圧力をかけないと、オーナーは決して修復はしないよ」とワシム。
「ということは、具体的には?」
「書類を提出して、裁判所に訴える。そして市と、市のハウジング課から、オーナーに圧力をかけてもらうのです」
え〜、サイバンするの〜、この私がですかあ〜?カンベンしてくれよー。眉毛が八の字になった私の顔をのぞきつつ、
「ははは、大丈夫、簡単だよ。ほらここに用紙があるから、これに記入して公証人の前でサインして、45ドルを添えて提出すれば、市の裁判所から出廷の知らせが来る。オーナーも呼び出しを受けるから、そこで事情を説明して、裁判官の判断を待つ。それだけだよ」
「え〜、じゃあ弁護士とかも頼むんですか?」
「いや、大丈夫。僕が一緒に行くし、法廷にはハウジング課の弁護士もいるから。他のテナントとグループで訴えればより効果的だけど、一人で訴えたっていいんだよ」
やだー、一人じゃやりたくな〜い。
「じゃあ、他のテナントに連絡とって、もう一度出直してきます」
「必要だったら、ここでミーティングしたっていいんだし。でも、とにかく早めにしないと、待っていても何も起こらないから」
はあ〜、大変なことになってしまったと、ため息をつきながらとぼとぼと歩く私。
しかしワシムの言う通り、こうしていても始まらないので、気を取り直して火事で焼けだされた人の捜索を開始。部屋から出された人は、たいてい自分の連絡先をドアに貼っていたので、これは簡単に探せました。夜、「二階に住む者ですが...」と、一軒一軒電話をかけ、ワシムの言ったリーガルアクションのやり方を説明する。ほとんどの人が「本当、何かしないとダメだよね!ぜひ一緒に訴えたい」と言ったくせに、私が指定した日にGOLESに集まってきたのはたったの二人。
この二人、四階に住むジェシカとミウリカばあちゃんに、私にしたと同じ説明をするワシム。ミウリカばあちゃんはやや乗り気なものの、見るからに物静かそうなジェシカは、
「あのね、私実は来週から二週間のバケーションで、ニューヨークにいないの。だからその間にどうするか考えるってことでいいかしら?」
「じゃあ、私あなたが帰ってくるまで、待ってる」
「あらそんな、どうぞ私なんか待っていないで、始めてちょうだい」
チクショー、こいつ、やる気ねーなー。も〜、ミウリカばあちゃんまで、「ジェシカがそう言うのなら、どうしようかしら...」などと言い出しちゃったじゃないかー。
結局面倒になった私は、「自分一人でします」とワシムに告げ、さっさと書類の作成を始めたのでした。よくわかんない法律用語で一杯の書類を、助けてもらいながら記入し提出した時は、火事から既に一ヶ月以上経っていたのでした。
PS:今回の私の火事に関して、協会の方からご心配いただきまして、本当にありがとうございます。この場をお借りして、お礼申しあげたいと思います。早くも九月になっていますが、私達はアパートに戻れないどころか、未だにオーナーは工事も始めてません。でも私は元気にしぶとく生きてますので、どうぞご心配なさらぬよう。
(2007年9月) |