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Vol.33 buy me out!

悪徳オーナーの出現により、「新しいアパートに引っ越す」に180度方向転換した私は、ワシムにその旨を伝えました。すると彼は、
「引っ越してもいいけど、この裁判が終わるまでは、オーナーに絶対見つかってはいけない。向こうはお金を払ってでも、出て行ってもらいたいわけだから、出て行ったことがばれれば、お金は出ないよ」

この「お金を払ってテナントに出て行ってもらう」ことを、Buy outといいます。マーケット価格を遥かに下回る家賃を払っていたテナントは、火事の直後すぐ、オーナーからそのオファーがありました。その一人であるメアリーばあちゃんに、一体いくらの提示があったか訪ねると、およそ4千ドル。その話を聞いたワシムは、
「冗談じゃない。君のアパートのあるところはグラマシー地区だよ。今やプライムスポットだ。最低でも15万ドルは請求できるはず」
ナニ、15万ドルって、1500万円?そ、それはすごい!ぜひともBuy outしてもらおう!

「グラマシー」というのは、マンハッタンの高級住宅地のひとつで、正しくはグラマシー公園の周りにあるところを指し、ジュリア・ロバーツだの、リチャード・ギアなど有名人が住んでます。そこから五ブロック離れた私のアパートは、実はキップスベイというエリアにあり、グラマシーとは無関係。しかし聞こえがいいため、みんなこの辺りをグラマシー「地区」と呼ぶのです。いわばなんちゃってグラマシー。

元々不動産広告を見るのが好きな私は、早速アパート探しを開始しましたが、家賃が超高いグラマシーは言うまでもなく、なんちゃってグラマシーも最早不可能。この時たまたま居候していた友人宅があったウェストハーレムが気に入っていた私は、その辺りで探すことに決定。が、しかし、今やハーレムだって、家賃はバカ高いのです。その上、熾烈なマンハッタンのアパート争奪戦に、勝たなくてはならない。私は不動産屋が必要とする書類を、あらかじめ全て用意して封筒に入れ、何軒ものアパートを見に走りました。そして、ついにこれだ!という部屋を見つけた時、「書類は全部揃ってますから」と、この封筒を強引に不動産屋に押し付け、なんとか新しいアパートをゲット。

アパートを見に行く傍ら、焼けた部屋に通って荷物をまとめる私に、うちのニューヨーカー社長が、「荷物を全部引き払ってしまうと、アパートを放棄したということになってしまうので、物や家具をある程度残しておきなさい」とアドバイスしてくれました。でもそれって、引越を二回に分けるって言うこと?えー、めんどくせーなー、と憂鬱に思っていた私の頭の中に、ポチッと豆電球が灯りました。「そうだ!道に捨ててある家具を拾って、部屋に入れときゃいいのだ!」

こうして、粗大ゴミの中から家具を拾って部屋に運び、さらにゴミを段ボール箱につめ、それを部屋の中に何個も積んで荷物に見せて、カモフラージュ。引越当日は他のテナントに、「今住んでいるところのそばに、小さい倉庫を借りたので、そこに荷物を移す。部屋の修復が始まれば、全部どかさないといけないんだし」と大ウソをつき、怪しまれることなく引っ越しを終えました。

引っ越してしまった後も、表向きは修復を待つ被害者を演じるため、前と同様裁判所にも出廷。何回目かのTAミーティングの後、私達はお金を出し合って、シャロームに詳しい弁護士も雇いました。そして、この弁護士と一緒に臨んだ裁判では、何と裁判長が変えられてました。オーナー側のいいわけを聞いて、なかなか結論を出してくれない前の裁判長に嫌気がさした、市のハウジング課の弁護士が、裁判長の交代を申し入れてくれていたのです。

相変わらず、「業者は押さえてあるんですが、保険会社からお金がおりなくてね〜」などといいわけをするオーナーの弁護士。が、新裁判長は、たった一言、「I don’t care!( んなこと、知らん!)」そして続けて、「Tenants don’t care! (テナントには、関係ねーだろー!)」
なんという急展開。さらに新裁判長は、
「二週間後に工事を始めて、12/14までに終え、被害者を全員アパートにもどすこと。この決定を今受け入れるか、受け入れられないのなら、今日の午後、私が納得するだけの証拠を提出すること。以上!」
苦節六ヶ月、やっと修復のスケジュールが決まったのです。

この最後の裁判から二日後、朝地下鉄を降りると携帯にメッセージが。送り主は、TAの議長に就任したクリスティから。すぐにコールバックすると、
「オーナーから正式に、Buy outしたいとの報告がありました。向こうの希望金額は、2万5千ドルだそうです」
15万ドルには一桁足りないが、ま、こんなもんでしょう。が、ここで単純に喜んではいけません。これを却下して、「それっぽっち?もっと出るでしょう?」と、こちらの欲しい金額を提示するのが、正しいニューヨークでの暮らし方。これを、Counter offerといいます。

その後、このBuy outの交渉してもらうために雇った85歳で未だ現役のおじいちゃん弁護士と、私の連れとの間で、何やら複雑な計算が行われ、その結果「最大3万ドルくらいが妥当だろう」という結論となりました。しかしオーナーはこの金額を渋り(大金持ちのくせに)、私もいい加減面倒になったので、結局2万5千ドルで決着。この金額から、おじいちゃん弁護士に払う500ドルが引かれ、私の元には2万4500ドルの小切手が送られてきました。私がこれを、即日銀行に振り込んだのは、言うまでもありません。

(2008年5月)