Vol.36 Welcome to the United States of America ー 後編
グリーンカードを待っている間合法的に働くには、先に取った労働ビザを、延長し続ける必要があります。私の労働ビザは毎年12月15日に切れたので、その前までに延長の申請をしなくてはならず、この手続きもまたゴーコルに御願いしないとなりませんでした。労働ビザの延長にもお金がかかり、まずゴーコルに払う書類作成料金、さらに移民局に払う申請料と、バカにならない額のお金が12月になると出て行きます。が、私がこの時一番心配していたのはお金ではなく、「うちの会社がつぶれるのではないか」ということです。なぜならば、保証人である会社がつぶれたら、私のグリーンカードの申請も却下されてしまうからです。
うちの社長はいい人です。何しろ私の雇用主になってくれたくらいです。仕事を探していた時の一番のネックは、労働ビザおよびグリーンカードのための保証人になってくれるかどうか、という点。誰だってめんどくさいことには、巻き込まれたくないのです。仕事の面接に行って、話が私のビザ問題に及ぶと、「あー、そういう事ですかー」と言う展開になり、結局はそこで終わってしまう。
今の会社に面接に行った時、まず10日間の試用期間があり、試されていたのは私を入れて四人ほどで、外国人は私だけ。今度もまたダメかなーと思っていた最後の日、社長に呼ばれ、「みんなが気に入っているので、君を採用します。いつから来られるかな?」と聞かれたので、喜びつつもおずおずと、
「えーーっと、実はですねー、労働ビザをとらないと働けなくて...」というと、
「あ、そう、どうすりゃいいの?」
「簡単に言うと、こちらが用意した書類にサインしていただいて、それを移民局に出すんです」
「じゃあすぐしよう」
あ、あり得ない!本当かこの人?でもこの人の気が変わらぬうちに、サインさせないと。
翌朝一番で弁護士に電話をし、24時間で書類を作成してもらい、会社に持っていったら社長は電話中。私に気付くと、受話器を持ちながら、
「サインどこにするの?」
「このポストイットが張ってあるところ全部です」
そしてそのまま友人と会話しつつ、なんと
全然書類を読まず、
全部にサインしてしまった...
この瞬間私は、「この人はいい人だけど、そのためにに大変なことにならなければいいが」と思い、その不吉な予感は見事的中。彼は人がいい上に、ユダヤ人とは思えないほどビジネスセンスに欠け、どんぶり勘定。それから何年間もの間、度重なるデザイン料の踏み倒しや、信じていた人の裏切りで、わが社はバブルのニューヨークとは反比例の、大不況を経験するのです。なのにその不況の中でさえ、「グリーンカードの保証人になってください」というお願いに、「いいよ」といとも簡単に、答えてくれたのでした。
こうしてやっとグリーンカードの申請にこぎ着けたものの、9.11のテロの影響で何年もの間書類は滞り、動きが出始めたのは去年の夏。申請から既に、5年が過ぎていました。ゴーコルから送られてきた最終の書類を全部記入し、その中には健康診断も含まれてました。これは通常の健康診断の他、エイズ検査、法律で決められている病気の注射があり、私はやったはずの水疱瘡の抗体がなかったので、その注射。これらの書類が受理されて、年の終わり頃には指紋を取りに行きました。
そして今年の3月ゴーコルから、「足りない書類があるから出すように。それを出したらすぐ来るよ」と連絡がありました。足りなかったのはBirth Certificateと言われる、私の出生証明の英訳。日本に出生証明書はないので、かわりに戸籍謄本を提出しますが、当然日本語で書いてあったので、その英訳が必要だったのです。そして今年4月4日、「Welcome to the United States of America」の手紙、その二日後にグリーンカードが、郵便受けにポトンと入っていて、私はグリーンカード奴隷にお別れしました。

友人の中には、「弁護士さんに、『これで君は何をしてもいい、自由なんだよ』って言われたとき、嬉しくて泣いてしまった」という人もいますが、私の場合あまりに待たされたので、「ったく、遅いんだよ、おめー...」という気分。でも一晩明けて文字通り、地獄から天国。そして労働ビザの延長がなくなった今年の12月は、ゴーコルがいらない12月。ありがたいことに、彼の英語をもう聞かなくてもいいのだ...
常々、バカだのデブだのと、アメリカ人をののしっている私ですが、とりあえずちょっとだけ仲間に入ったので、少し慎もうかと思います。
(2008年12月) |